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2014年2月24日月曜日

フランスの教会(10) Saint-Nicolas-du-Chardonnet, Paris

 

この教会は、泊まっていたホテルの向かい側に位置していたので、ちょっとお邪魔してみました。夕方5時頃に訪れたのですが、お勤め帰りと思われる人たちが数人、熱心にお祈りをしていました。仕事の後などに、静かに自分と向き合う時間を持つために立ち寄れる場所があるのとないのとでは、生活に大きな差が出るのではないでしょうか。日本だと、どんなところがそれにあたるのかなあ、と思いました。宗教的な場所ですと神社やお寺があり、通勤前後に鳥居や門の前で一礼する光景は時々見受けられます。その一瞬も大きな意味を持つでしょうが、座ってゆっくり過ごせる空間が持つものとは少し違うかもしれません。特に寒い季節は、建物の中にいられるのはいいですね。カフェやバーがそういった役割を果たしていることもあるかと思います。





パリでは2つのホテルに泊まりました。

Hotel Abbatial
http://hotelabbatial.com/


大きな通りに面しており、夜半過ぎまで車の音が結構していました。車の音が聞こえなくなった頃、隣の部屋から地響きのような音がしてきました。地響きと思ったのはいびきでした!パリのホテルは建物が古いため壁が薄い、と聞いてはいましたが、そこまで聞こえるなんて、と夜中に笑ってしまいました。

もう1つのホテルは
Citadines Prestige Saint-Germain-des-Prés
http://www2.citadines.com/en/france/paris/saint_germain_des_pres.html


アパルトマンタイプで、リビング、キッチン、ベッドルームが分かれている部屋でした。リビングには大きなソファベッドがあるので就寝時は1人1部屋、という感じで、またバスタブもしっかりしたものが付いていたのでゆっくりできました。どこに行くにも便利な場所にあり、カフェ、スーパー、お惣菜屋さんも近くに沢山あるので、いわゆる「暮らすような旅」がしたい方には、お勧めです。写真はホテルサイトのものですが、写真通りのお部屋でした。サイトに掲載されている写真のイメージで訪れると、実際のお部屋は見劣りすることが時々ありますが、このホテルに関しては、雰囲気も間取りもサイトよりも良かったです。ノートルダム寺院にも、ルーブル美術館にも歩いていける立地です。



2014年2月17日月曜日

フランスの教会(9) Sainte Chapelle, Paris

 


ここは本当に美しい場所でした!礼拝堂が1階と2階に分かれていて、2階は王室の人々のため、1階は彼らに仕えている人々のためだったそうです。上の写真は2階の王室用のきらびやかな礼拝堂。1階からの薄暗い階段と(昔のこととはいえ、王室の人たちがこんな階段を上ったのかな、と思うような狭い階段でした)それを上りきったところに現れる豊かな光のギャップが、この空間の美しさを引き立てているようでした。

1階の礼拝堂も、アーチや色使いが美しく、こちらも素敵でした。




ここに限らず、教会では定期的にコンサートが開かれています。あいにくスケジュールが合わず、生で聴くことはできなかったのですが、この教会でのコンサートを収録したCDを購入し聴くと、これもまた美しい!次回はぜひライブで聴きたいものです。
教会でのコンサートスケジュールは、各教会のHPや下記のサイトで確認できます。
http://www.classictic.com/





2014年2月13日木曜日

フランスの教会(8), Saint-Symphorien, Nuits Saint Georges

 

文化遺産に指定されている13世紀建立のサン サンフォリアン教会。訪れたときはイベントの準備中で、残念ながらゆっくり中を見る雰囲気ではありませんでした。後から調べると、文化遺産に指定されているだけあり、歴史的な装飾物が数多くあるようです。


 
 今回の旅行を計画するにあたって、地域の観光案内所のサイトを参考にしました。メールで問合せをしたらすぐお返事がもらえ、また、現地に着いてからも親切に色々教えてくれました。
 
ブルゴーニュ地方観光案内
 
Nuits Saint Georges観光案内
 
Tournus観光案内
 
 


2014年1月13日月曜日

フランスの教会(7) Notre Dame de Saint-Denis, Nuits Saint Georges

 

ブルゴーニュ地方の旅の拠点として滞在していたニュイサンジョルジュには、教会が2つありました。初めに訪れたのは、19世紀に建てられたサンドニ ノートルダム教会。

入り口のドアを開けた途端、思わず「うわぁ」と声が出てしまうくらい、光に満ちあふれた空間でした。お天気の良い日だったからでしょう、日光で輝くステンドグラスの窓、そしてあちらこちらの壁や床に映るステンドグラスの虹色の影、本当にきれいでした。写真でお伝えできないのが残念です。


 
 
 
 
 
どの教会にも十字架に架けられたキリストの像がありましたが、この教会のものは他の像とは異なるものでした。上の写真がそうです。他の教会のキリスト像は、頭には茨の冠を乗せられ、両手の平は十字架に釘で打ちつけられ、力なく頭を垂れている姿のものでした。それは象徴だと分かっていても痛々しく、見ているのが辛くなることもありました。一方、この教会の像は色使いが柔らかく、キリストの雰囲気もまるでシャバーサナをしているかのように、穏やかに見えました。こういった雰囲気の像は、他の教会にもあるのでしょうか。
 
帰国してから訪れた都内のキリスト教用品ショップに、素敵な十字架像がありました。私は今回初めて見ましたが、お店の方によると、ミレニアムを記念して2000年前後に多く制作されたものだそうです。
 

 

 
キリストが磔にされている十字架を支えている神。支えている以上に十字架は神の体そのものである、ということ。完全なる信頼と共に、心も身も大いなる存在に預ける。全ては大いなる存在の胸の内で起きている。十字架に磔にされているのではなく、神に身を委ねている。そのような思いが浮かんでくる十字架像でした。
 
 
 
 

2014年1月3日金曜日

フランスの教会(6) St-Benigne, Dijon


ディジョンは14~15世紀に栄えたブルゴーニュ公国の首都です。当時建てられた教会や貴族の館が美しい街でした。




私たちが訪れたのが日曜日だったためか、街は閑散としていました。ほどんどのお店が閉まっており、開いていたのは美術館。



 美術館の後に訪れたのは、St-Benigne大聖堂。

 
 
大聖堂のドアを開けると、パイプオルガンが大きな音で響いていました。パイプオルガンが有名な教会らしく、日本のオルガン奏者も多く訪れるそうです。
 
地下のクリプトも美しく、またまた長居したくなる教会でした。

 


パイプオルガンにまつわる思い出があります。

地方から東京に遊びに来ていた友人と会う約束をしていた日のことです。特に何もしていないのに、出掛けに姿見が倒れて、鏡が粉々に割れてしまう、ということがありました。家を出る1分前にそんなことになり、できればそのままにして、帰宅してから片付けたかったのですが、当時犬と一緒に暮らしていたので、そうもいきません。犬が破片を踏まないよう、慌てて避難させ、割れた鏡を片付けました。めったに会えない友人を不慣れな場所で待たせることになり、なんでこんな時に~、と思いながら大急ぎで片付け、待ち合わせ場所に向かいました。遅刻を詫びる私に友人は「遅れてきてくれてありがとう!」と。聞くと、待ち合わせ場所の近くでパイプオルガンの演奏があり、私が遅れた時間の内にちょうど一曲聴きに行くことができた、それがとても良かった、とのこと。友人を待たせたくはなかったし、姿見が割れたのも残念でしたが、その結果、友人がいい時間を持つことができた、という出来事でした。

ある出来事の一コマだけを取り上げると、残念だったり、イライラの理由になったりするようなことでも、その次のコマと繋げると、楽しいことの起点となっていた、ということがあります。

ある日、駅のキオスクで買い物をしようとしたときのことです。ガムやアメといった、ごく一般的な物を買おうとしたのですが、店員さんが「値段が分からない」と、ファイルを出して調べ始めたのです。正確な時間は分かりませんが、かなり長い間ファイルのページをめくっていました。素早さが売りのキオスクなのにどうしちゃったんだろう、と思いながら、急いでいたわけではなかったので、値段を調べてもらって購入しました。キオスクを離れて駅の構内を歩いていると、長い間会っていなかった友人が向こうから歩いてきます。偶然の再会を喜び合いながら、キオスクでいつものようにすんなり買い物が済んでいたら、タイミングがずれて、友人とは会わなかったかも、と思いました。

こういったことがそれから数回ありました。それ以来、どこかで思いがけず待たされたり、あまり嬉しくないことがあったりしたときは、その後に「偶然」と思える何かがやって来るのかも、と楽しみにするようになりました。友人が聴けたパイプオルガンのコンサートのように、楽しいことは私自身が体験するとは限らないので、私の知らないところで起きているかもしれません。

会うべき人とは必ずどこかで会うので、一度のタイミングのずれは問題ではありません。また、何かの機会も、一度逃したとしても、何度もやってきます。そのお膳立てのために宇宙がするタイミング調整、とても興味深いです。



2013年12月21日土曜日

フランスの教会(5) Saint-Michel, Dijon

 
 

 
ディジョンのサンミッシェル教会も美しい場所でした。人気がなく静かでありながらあたたかい雰囲気で、いつまでもいたくなる空間でした。
 



 

 
今回の旅で訪れた教会の中には、音楽がかかっているところもありました。パイプオルガンの演奏だったり、CDだったり。音楽には力があります。音楽が持つ雰囲気作りの力は誰もが体験したことがあるでしょう。音楽は、その場のエネルギーに変化をもたらします。楽器演奏もそうですし、人の声もそうです。特に、演奏者や歌い手が技術的に上手に演奏しようとしたり、歌おうとしたりせずに、自分を表現の手段として、エネルギーの通り道としてあろうとしたとき、あるいは純粋に楽しんでいるときに、それは大きく動きます。
 
音楽は私たちに与えられた素晴らしいギフトであると感じます。気持ちが沈んで、そこから出たいのに、気分を変える行動を取る気にもならないときってありますよね。そういう時は音楽を聞くと、沈みから引き上げてくれます。そういう時用に曲を選んでおいたり、プレイリストを作っておいたりするのもいいでしょうし、その時々で聞きたいと思う曲をかけるのもいいでしょう。
 
ヒーリングミュージックやクラシックはいいけれど、ポップスやロックは波動が低いんですよね、という質問を受けたことがあります。ジャンルに関わらず、悪意を感じる曲というのはあります。「このジャンルはいい」「このジャンルはだめ」という線引きはできなくて、ジャンルによって、あるいはアーティストや曲によって、効能というか、働く作用が異なるように感じます。ヒーリングミュージックで癒されなくても、聞く人によってはうるさい、と感じるロックで癒されることもあります。
 
心と体のどの部分、またはどのチャクラに響いているかを観察しながら音楽を聞くのも興味深いことです。楽曲の働きかける力が強いときには、観察するまでもなく、感じることができます。
 
以前、インドのアムリッツァーにあるシーク教の聖地で耳にしたお祈りの言葉と音楽は、全てのチャクラを洗い清めてくれるように感じました。寺院のスピーカーから流れるお祈りを聞くともなしに聞いていたときのことです。(アムリッツァーを訪れたときについて)
 
また先日、あるライブに行ってきたのですが、その人の歌と演奏はハートと喉に響いていました。ジャンル分けするなら、ポップス・ロックになると思います。観客を楽しませたい、来てくれた人に感謝を伝えたい、という思いがそのアーティストの歌と全身から溢れているように感じました。
 
 

2013年12月16日月曜日

フランスの教会(4) Beaune

 
 
城壁に囲まれた可愛らしい町、ボーヌ。ゆっくりお散歩するのにぴったりな石畳の町並みでした。この町で訪れたのは、Notre-Dame教会。フランスには沢山のノートルダム教会がありますが、ノートルダムとは「私たちの貴婦人」という意味で、聖母マリアを指します。

この教会には、聖母マリアの生涯を描いたタペストリーが飾られています。15世紀のものという、そのタペストリーをはじめとして、美しいものが数多くある教会でした。

教会にいると、ふわぁ〜っと頭から上の方に抜けていくような、気持ちのいい感覚に満たされることがしばしばありました。教会にいるときだけではなく、普段もふとしたときにそういった感覚を覚えることがあるのですが、教会に満ちているエネルギーと高い天井のお陰で、そういう感覚になりやすかったようです。

その感覚を一言で表すなら「アーナンダ」。ヨーガをしている方にはお馴染みの「至福」と訳されるサンスクリット語です。アーナンダには、満ち満ちている、遍在する、という意味もあります。

私たちがいる世界は、多種多様に見えますが、全て同じものからできています。また、私たちは、たくさんの異なるものが存在しているかのように振る舞っていますが、本当は一つのものしか存在していません。遍在していて、満ちていて、そのものであるもの。

誰かと、あるいは何かと一体感を覚えるときに感じる喜びは、「一体感」が私たち本来の姿を思い起こさせる感覚だからかもしれません。昨今の「一体感、繋がりたい」には、これに様々な欲や不安定さが混じっているように感じます。といっても、それらの欲なども本をただせば、一つの点にたどり着くのですが。
 

 
ボーヌは「ブルゴーニュワインの首都」と呼ばれる町で、観光客で賑わっていました。この町では毎年11月に「栄光の3日間」という、ワインのお祭りが開催されるそうです。利き酒騎士団(!)の入団式や世界中からワイン商が集まるワインオークション、それに伴うテイスティングで大いに賑わうそう。
 
町のあちこちに飾られている花、可愛らしいお店たち、石造りの建物、そして楽しそうな観光客。ボーヌ、素敵なところでした。
 
 
 

2013年12月14日土曜日

フランスの教会(3) Tournus

 
 

 
ニュイサンジョルジュから列車で南に50分程行ったところに、Tournusという町があります。起源は紀元前1世紀頃という古い町です。TournusではSaint Philibert修道院を訪れました。がっしりとした岩色の大きな建物の中に、優しい光が満ちている教会でした。
 

 
 
 
世界には異なる体系の聖なる教えがあります。比較的長い歴史を持った宗教だけではなく、ニューエイジやスピリチュアルと呼ばれるものもあります。どんなに素晴らしいとされている教えでも(数多くの人が称えていても、あなたが尊敬、信頼している人の言葉でも)、その教えや言葉が聖なるものなのではなく、それを耳にしたときにあなたの内側で起こる感覚や変化が聖なるものなのです。教典や教義、チャネリング本があなたの道しるべになるのではなく、それらに書かれている言葉によって触発されるあなたの心持ちと行動があなたの指針となります。何かや誰かに頼りたくなることもあるでしょうが、あなたの心と体を100%、本や教えに預ける必要はありません。インスパイアしてくれる言葉たちに感謝しながらも、軸はあなた自身に置きましょう。
 


2013年12月9日月曜日

Nuits Saints Georgesのホテル Vign'Appart

 
 
 
ブルゴーニュ地方での拠点は、Nuits Saints Georgesでした。ニュイサンジョルジュは、パリからのTGV(新幹線)が止まるディジョンと、この辺りの中心都市であるボーヌの間にあります。こじんまりとした可愛らしい町で、ブドウ畑を貫くGrand Crus街道上に位置し、また、鉄道の駅もあるので、車での旅にも、列車での旅にもお勧めです。
 
こちらでは、Vign'Appart http://vignappart.com/en/ というアパートメントホテルに泊まりました。私たちが泊まったのは、リビングエリアとは別に、メゾネットというか、ロフトのように階段で上がる空間に寝室があり、使い勝手が良いキッチンと洗濯乾燥機が完備されたバスルームがあるお部屋でした。まだ新しいらしく、清潔で居心地が良いお部屋でした。
 
フロントの人も親切で、部屋からの眺めも良く(↓の写真)、この地方に来ることがあれば、また泊まりたいと思うホテルでした。


 
 
 ニュイサンジョルジュには鉄道の駅もあるので電車の旅にもお勧め、ではあるのですが、駅から町の中心には徒歩で10分弱かかります。小さな駅で駅前にはタクシーはおらず、またタクシーを呼んでもらえるようなカフェなどもないので、大きな荷物がある場合などには、事前に何かしらの手配が必要かもしれません。
 
私たちは、パリからTGVでディジョンに移動し、ディジョンからニュイサンジョルジュへ、という旅程でした。ディジョンからニュイサンジョルジュへ向かうワイン街道の眺めがよい、と聞いていたので、ディジョンから車でニュイサンジョルジュへ移動することにし、そしてディジョンの駅前にもタクシーがいないことが多いようだったので、ディジョンからの送迎を手配しておきました。お願いしたのは、Wine & Voyages http://wineandvoyages.com/home というツアー会社です。私たちはプライベートツアーを利用しましたが、ディジョン発着の既存のツアーでも、希望の町によっては、帰りはディジョンに戻らず、途中で降ろしてもらうことも可能なようです。ツアー中の気配りはもちろん、申し込み時のメールでのやり取りも迅速で親切でした。ワインと地元への愛情に溢れたガイドさんで、こちらの希望を、それがはっきりとしていなくて「こんなものが見たいんだけど・・・」程度のリクエストに対してでも、色々と提案してくれた人でした。こちらの会社もお勧めです。
 
 
 
 

 

2013年12月6日金曜日

フランスの教会(2) Fixey


次に訪れたのは、Fixey。

薄暗い中、マリア像が印象に残った教会でした。

カトリックの教会には、聖母マリアの像があります。私が通った幼稚園はカトリックで、庭に大きなマリア像がありました。子供のときの記憶で「大きかった、広かった」という場所などに大人になってから行くと、「あれ、意外と小さい」と思うことがあるので、実際にはそれ程大きくはなかったのかもしれませんが。今でもマリア像を見ると、子供のときに見上げていた白いマリア像を思い出します。

子供の頃に教わったことや習慣というものは、土台となりますね。その幼稚園では、食事の前にお祈りをする時間がありました。年少組のときは「お父さん、お母さん、農夫の皆さん、漁師の皆さん、今日も食べ物をありがとうございます」というような言葉で感謝を捧げ、年長組になってからは「天にまします我らの父よ、願わくはみ名の尊まれんことを・・・」という大人バージョンのお祈りになりました。お祈りの習慣は私の中に残ったようで、振り返ってみると一時期を除いて、子供の頃から何かしらの祈りの言葉を唱えています。

子供の頃に学んだことといえば、フランス語!今回の旅で役に立ちました。フランス語を学んでいたのは10代の終わり頃で、初めての海外はパリでの短期語学留学でした。当時はフランス語だけではなく、フランスの絵画や映画、音楽、文学に浸っていました。それ位好きだったフランス語ですが、フランス語で仕事がしたい訳ではないし、もっと実用的なことをしたほうが良いのでは、とその後はすっかり離れていました。今回の旅行中、パリでは大抵の場所で英語でコミュニケーションが取れたのですが、地方に行くとホテルでも英語が通じず。必要にせまられて、脳内の20年以上閉めっぱなしのフランス語の引き出しをこじ開けると、意外や意外、相手が言っていることが分かるし、向こうも分かってくれる!それに気を良くして、旅を急遽「実践フランス語会話」の場とし、タクシーの運転手さんと「運転手さんはブルゴーニュの人だから、やっぱりワインが好きなんですか」「いや~僕はビール派だねえ」などと、世間話をしたりしました。

お祈りやフランス語以外にも、子供のとき頻繁にしていたことや好きだったことが現在に与えている影響について思いをはせる機会がある旅でした。一瞬毎に変化している「現在の自分」とは、「過去の自分」がモザイクのように並べられ、重ねられているものに便宜的な輪郭線を引いて認識しているものです。そして、輪郭線の内にあるモザイクは、記憶の中にある過去の自分だけではなく、より広範囲のものが含まれています。

2013年12月4日水曜日

フランスの教会 Fixin

 

 
フランスに行ってきました。ここ数年の旅は、インドを中心とするアジアの国々ばかりで、旅行中は、お寺や自然の中でぼーっと過ごす、というのがほとんどでした。今回も当初は予定していなかったのですが、結果的に旅の大部分の時間を教会で過ごしました。座るとすぐに瞑想モードになるお寺があるのと同じように、ここでゆっくり瞑想したい、と感じる教会が幾つかありました。
 
今回の旅は、同行者の「葡萄畑が見たい!」という希望にそって、ブルゴーニュ地方の村や小さな町を訪れるものでした。ブルゴーニュ地方への旅といえば、ワイナリー巡り、そしてワインのテイスティングです。葡萄畑の景色に興味はあるものの、ワインは飲まない私たち。旅行中は、初冬の冷たい雨が降る日が多く、寒い中、他にすることもなく、また、初日に地元の人に連れて行ってもらった教会の雰囲気が素敵だったので、行く先々で教会を訪れることにしました。
 
最初に訪れたのは、ブルゴーニュ地方の村、Fixinの教会。
 

 
 
案内してくれたのは、「一応カトリック教徒だけれど、洗礼式以来教会には行っていない」という青年。そんな彼から「ここにいると穏やかな気持ちになるね、教会いいね」、という言葉が出てくるほど、静かで温かみのある場所でした。